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心の赴くままに言葉を綴る、おかしな創作の空間
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いつだってそうなのだ。
自分はこうも上手く生きていく事が出来ない。
仲間を失ったあの時から、後悔の連続だ。
どうして生き残ってしまったのか?
どうして自分はこうも、意地汚く、生きる事に貪欲なのか?

それももう終わる。
やっと終わらせる事が出来る。

もう殆ど周りが見えない。
自分のこの重い目蓋が、開いているのか、閉じているのかも分からない。

死にいく時は真っ暗だと思っていた。
でも違うんだな。
何だか白い。

あぁ、ポッポちゃんの色だ……。


『生きることを諦めるか?黒鴉。』


白い世界に声が響いた。
誰だ!?

フワリと視界が開けたような気がした。
風に揺れる白い髪。
白い姿。

ポッポちゃん!?
違う……誰た?

『いい加減、あいつを連れ戻しにきたが……妙なのに出会ったな。あいつの悪戯に苦しむ哀れな鴉。』

なんだこいつ…。

『ここで生きるのを諦めるか?それともまだ縋ってみせるか?』

…………。

『答えろ、最後の黒鴉。死か!?生か!?』

…………。
遠くから小さな羽ばたきの音が聞こえる気がした。
愛しい鳴き声が聞こえる気がした。
俺は………

「生きたい……!!俺は生きたい!!ポッポちゃんと離れるのは嫌だ!!」

カラシュは叫んだ。
叫んだつもりだったのかもしれない。
声など出ていなかったかもしれない。
それでも、白い影は答えた。

『最後のチャンスだ。この僅かな力で、耐え抜いてみせろ!』

心臓がドクリと跳ねた気がした。
重い目蓋が現実に開いた。
視界が戻る一瞬の閃光。
その中で、幻の様に身を翻した人物の顔を垣間見た気がした……。

「シルバ!!」

現実の声がカラシュを呼ぶ。
愛しいその声。その姿。

「……ポッポちゃん‥‥‥。」

思わず呟く。
シルバの演技も出来ず、カラシュのままで。

赤い瞳が揺れる、目には一杯の涙が満ちている。
ああ、やっぱり泣かせてしまう。
彼女の瞳には、今にも力尽きそうな白鳩の姿が映っているのだ。

「ぐっ…」

左胸に走る激痛に思わず呻いた。
もう痛みすら感じなくなっていたと思ったのに。
こみ上げてきた赤い液体が、口を伝って落ちていった。

「シルバ!シルバ!!」

必死で叫ぶ彼女が悲しい。
違うのに、俺はシルバじゃないのに。

「……そんなに悲しまなくてもいい………。」

違うから、君の愛しい人じゃないから。

「違うんだ……ポッポちゃん………違うんだよ………。」

顔に落ちてくる雫。
何度も何度もポタポタと落ちてくる。
止めてあげたいのに、どうして良いのか分からない。
ゆっくりと気力を振り絞り、ポッポの頬に手を伸ばそうとする。
その手をポッポが握りしめ、自分の頬に愛おしそうに悲しそうに触れさせる。

カラシュが呻いた。
小さく震える声が絞り出される。

「誰か、お願いします。この呪を…解いて………!」

その言葉に、ポッポが首を左右に振った。

「ごめんなさい!ごめんなさい!!ちゃんと、ちゃんと見るから!!」

泣き叫ぶ様に、悲痛な声が響く。

「ちゃんと、現実を見るから!!お願い、死んじゃ嫌だ!!………カラシューーー!!」




乱れた髪を揺らしながらクククと笑う。
荒い呼吸をしながら、その様子をユーチャが険しい視線で見遣る。

「随分と迎えにくるのが遅かったじゃないか……神よ……。」

ユラリと上体を起こした魔王が、視線を宙に漂わせて呟く。

「あまりに遅かったから、退屈だった……もう、帰ってやってもいいぞ?」

幻でも見ているかのような魔王の言動に、ユーチャは状況が分からず緊張を深めた。
隣でペン・ギンが耳をヒョコヒョコさせたかと思うと、魔王の視線の先をじっと見つめる。

「カミュ、遅いクマよ。」

ユーチャの眉間のシワが深くなった。
自分にだけ何かが見えていない……?

「さて、最後にしようか、勇者。」

不意に来た魔王の問いかけに、ユーチャが剣をチャキッと構え直した。

「意味が分からん……だが、答えは決まっている。魔王、お前を倒すのみだ!」



泣きじゃくりながら、何度も何度も呼ぶ声。

「カラシュ、カラシュ……死んじゃ嫌だよ…。もうポッポは一人になりたくない……シルバみたいに…死んじゃ嫌だ!」

ポッポの泣き声に、カラシュの目が見開かれた。
どういう事だ?
どうして、ポッポちゃんが自分の名前を呼んでいるんだろう?

「ちゃんと見るから。ちゃんと現実を見るから。…だからまた笑って…カラシュ。また優しく笑ってよ、カラシュ!」

ずっと望んでいた。
君の声が、自分の名前を呼ぶ事を。
ずっと望んでいた。
君の瞳に、この黒い翼が見える事を。

「ありがとう……ポッポちゃん………。」

そこまで言って声を詰まらせる。
止まる事なく口から流れ出る血にむせながら。
でも、嬉しさで涙が溢れてくる。

「がんばって、カラシュ!がんばって!!」
「………うん。」

頑張るよ………まだ……。
君の瞳に映る事が出来たんだから……。

また霞んできた視界。
白んでいくその視界の端に………眩しい光が瞬いた。

ポッポが思わず魔王の城を仰ぎ見る。


淀んだ空が裂け、まばゆい光が照らす
天に木霊する竜王の咆哮が響き渡った


---------------------------
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何がおかしいのかも分からない。
カラシュの口元は僅かに歪み、皮肉めいた笑いが浮かんでいる。

「あはは…暴れてやったぞ。大暴れだ。……ざまぁみやがれ。」

しかし、重いなぁと心の中で呟く。
自分の体はこんなに重かっただろうか?今までそう感じた事なんて無かったのに。
倒しまくった魔物達の血が染み込んで重くなった……そんな訳でもないだろう。

もう飛ぶのは無理だという諦めは先程既にした。
せめて立っていたいのだが……どうにも足がガタガタと震え出しそうな程に覚束無い。
この体勢を崩したら、もう起き上がれないような気がする。

--くっ!--

不意に訪れた胸の激痛に、体のバランスが崩れる。
あっという間に虚しく膝をつき……肘をつき……少しでも起こそうと翼を支えにもがいた。
力を絞り出す様に上体を起こす。
が、均衡を保てない哀れな体は重心が後ろに傾いた途端、先程と逆方向、背中から倒れ込んだ。

情けない…。

そう呟こうとしたけれど、喉に声を発する程の力がこもらなかった。
淀んだ空が降り注ぐ様に視界に広がっている。
負の気が満ちる暗い空。

ユーチャを信じていなかった訳ではない。
彼ならきっと魔王を倒すに違いない。
カラシュは魔王の下では古参ではなかったが、それでも「人」の時間よりは長くを過ごした。
ユーチャ以外の「勇者」と名乗る人物を多少なりとも見てきた。
明らかに違うのだ。
ユーチャこそが魔王を倒すべく選ばれた勇者だと確信している。
ただ、自分の時間がほんの少し足りなかっただけだ。
彼が魔王を滅ぼす瞬間に立ち会うには、ほんの少し自分の命が足りなかった。

頑張ったんだけどな。
一応、頑張ったんだぜ、ユーチャさん。
俺、頑張ったんだ。

声も満足に出ないのに、目から溢れ出そうとする何かで視界が霞む。
カラシュの顔には、皮肉めいた笑いが浮かぶ。

ああ、せめてもの救いは……今ここにポッポちゃんが居ない事だ。
お願いします…この命と引き換えに彼女の呪が解けます様に。
シルバを失う悲しみが、彼女を覆う事のないように。
この姿が、薄汚い黒い翼に見えますように。

神様、お願いします……お願いします…………




突然ユーチャの足が止まる。
久々に見た窓。静かな瞳が遠くを眺める様に空を見つめた。
地下よりずっと暗がりに慣れてしまっていた目には、淀んだこの空さえ多少眩しい。

「………外が静かになった……。」

マニョが同じ様に空を眺めながら答える。

「何だかんだ言って、やっぱりカラシュは強いのよ。魔物達が騒げずに息を潜めたんだわ。」

一人で外の魔物を全滅させられる訳は無い。
マニョの考えが正しいのだろう。
カラシュの強さを前に、魔物達は息を潜め状況を見守る体勢なのだ。

「………心配だ……急ごう。」
「ま、待って。ユーチャ様!さっきからちょっと急ぎ過ぎだわ!」

走り始めようとしていたユーチャが振り返る。

「カラシュが押さえてくれたのだから、慌てないでも大丈夫よ!疲れて魔王に飛び込んでも不利なだけだわ!」

マニョの意見はもっともである。
が、それは知らないからなのだ。

「……カラシュはそう長くはもたない……いや、無理をさせてはダメなんだ。」
「なんで!」
「…死の契約がある……あいつが今まで無理をしてきた事…苦しそうにしていた事!少しも気付かなかったのか!?」

思わず声が荒くなり、ユーチャはハッとしたように口元を覆った。
マニョが目を見開いていた。

「……知らないわよ!!何よ!言ってくれなきゃ、分からない事だってあるじゃない!本人が隠そうとしていたら、尚更分からないわよ!!……だからって、薄情だとか、冷たいだとか、思われても…そんなの知らないわ!!」
「すまない、責めたわけじゃないんだ……。」
「……仲間なら気付いても当たり前?…笑わせないで!仲間なのに言ってもらえないって事の方が悲しい時だってあるわ!」
「マニョ、悪かった……だから……」

落ち着かせようとユーチャがマニョを引き寄せると、マニョがドンッと押し返した。

「もう、知らない知らない!!ユーチャ様なんて知らない!!行っちゃえ!とっとと走って魔王の所に行っちゃえ!!」

クルリと背を向け、マニョは魔法の詠唱を始める。
先程駆け上がってきた階段の奥底から、魔物の低い唸りが聞こえてくる。

「このムカつき、思いっきり暴れて解消してやるんだから!早く行ってよ!!」

ヒステリックに叫んだマニョの体を抱き寄せ、ユーチャが耳元で囁く。

「無理をするなよ……全てを終わらせてここへ迎えにくるから。」

マニョはコクリと頷いた。
俯いていた顔を上に起こされ、目蓋に優しい感触が降り注ぐ。
すぐに離れていったユーチャの唇から、優しい声がまた響いた。

「戻ってきた時は、機嫌直していつもの笑顔で迎えてくれよ。」

また触れてきたユーチャの唇を感じ、マニョがボッと赤くなった。
珍しいユーチャの悪戯っぽい笑顔を眺め、マニョは口元に手を当てた。
ペン・ギンを引き連れて遠ざかっていくユーチャの背を見つめ、ドキドキした心を持て余す。

………キスしちゃった……………。

一つ大きく深呼吸。
さてと………。

「呪文詠唱やり直し!!」

先程唱えはじめていた魔法は、既に跡形もなく霧散していた。



「チュー v なのクマ〜♪」

ペン・ギンがピョコピョコ駆けながら鼻歌まじりの上機嫌だ。

「なんだ、お前もして欲しいのか?」

走りながらユーチャが聞けば、即答が。

「いらんクマ!」

そりゃそうだ。こちらも御免蒙る。

「クルッポ!クルッポ〜!!」

ペン・ギンの頭の上でポッポがバタバタと何か必死な様子だ。
しかし、鳩の言葉は生憎と分からない。

「ポッポッポは死の契約の事が気になっているみたいなのクマ〜。」

………。

「ポッポッポ、死の契約って言うのはクマね〜、苦しくて死んじゃうものなのクマよ〜。」
「おい!馬鹿クマ!」

思わずユーチャが走ったままの勢いでどつく。
勢いで前につんのめるペン・ギンの頭から、ポッポがパタパタパタと飛び立ち、そのまま近くの窓から外に出た。

「ポッポ!!危ない!帰っておいで!!」

ユーチャの声も虚しく、ポッポは淀んだ空の下を羽ばたいていく。
遥か遠く小さくなっていくポッポをユーチャの横で眺めながら、ペン・ギンは耳をヒョコヒョコ動かす。

「ポッポッポは、カラシュが心配なのクマ〜。」
「…………呪でカラシュがシルバだと思っているから?」

ユーチャの言葉に首を傾げるペン・ギン。

「ポッポッポには何も呪なんてかけられてないクマよ。」
「そんな…カラシュが言っていたんだぞ。ポッポと自分には呪と言うか魔法がかけられていると…。」
「うんにゃクマ。ポッポッポには何も魔法的なものは無いクマ。カラシュは死の契約しか無いクマ。」
「………絶対?」
「疑うクマか?失敬クマね!ポッポッポには呪ないクマ!」
「…………分かった。」
「分かれば良いクマよ。」
「取り敢えず………『ポッ』が一つ多いからな。」
「………おっとうっかりなのクマ〜、テへクマ♪」

ユーチャはまた走り出す。

魔王を倒そう。
きっとその後に考えればいい。
一刻も早く、魔王を倒そう。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
以前は当たり前の様に舞い戻っていた城…
今、その城を目前に見遣り、軽く左胸を押さえる。
やっと辿り着いた。
敵から味方へ…味方から敵へ…
ただ立つ位置が変わっただけで、この城は気が遠くなるほど届かない存在になった。

「ヤバいのか?」

落ち着いた声にカラシュは振り返る。
宿敵を目前にしながらも勇者の様子は変わらない。
トントンと自身の左胸を軽く叩き、質問の内容を暗に示す。

「…いや、まだ大丈夫だ…。」

あと少しなら………耐えられる。
折角ここまで来たのだから……もう少し耐えてみせる。

「それより城への経路だ……この城へは大きく3つの経路がある。」

カラシュは気を引き締め、話題を切り替えた。
ユーチャは静かに聞く姿勢を見せた。

「一つ、空よりの入り口。これは飛行系の奴らが利用する為の場所だ。城の中央にある。魔王のいる間に近いには近いが……案外魔物は飛行出来る者が多い。隠れる場所も無し。一番目立つ入り口だと思っていい。」

ユーチャの目が納得したと告げる様にカラシュを見る。
それを受けてカラシュは続きを話し始める。

「二つ、地上の入り口。これは飛行出来ない奴らが利用する。でかい入り口だが、意外と監視は杜撰だ。でも潜入してからが問題ある。魔王のいる間へ遠い、魔物に遭遇する確率は高いだろう。」

いつの間にやらマニョがユーチャの隣に来ていた。
カラシュの話を聞き始める。

「三つ、地下の入り口。」

そう言うと、マニョが不思議そうな顔をした。

「私、地下の入り口なんて知らないわ。」

ユーチャがマニョに視線を向ける。
このマニョも元はと言えば魔物側の者だったのである。
初めてユーチャ達に攻撃を仕掛けてきた魔物はマニョが率いていたのだから。
そのマニョが知らない入り口?

「そう、普通は知らない。」

カラシュがまるでユーチャの心の問いかけに答えるように話しはじめた。

「地下の入り口は隠し通路だ。ここを抜ければ一気に空の入り口の上、魔王の間の近くに行ける。」
「そんな場所なんてあったの?何であんたが知っているのよ!」

マニョの問いかけにカラシュは苦笑する。
ユーチャは首を捻った。

「まあ……カラシュは魔王の配下の中でも上位クラスだったのだから……。」

その言葉にカラシュは首を左右に振った。

「いや、魔王は基本的に何者も信用しない。例え腹心でも関係ない。」

そこまで言ってカラシュは遥か遠くを眺める様に、魔王の城を見つめた。

「…昔、ここには鴉の鳥人達が暮らしていた……馬鹿な幼い王子が魔王に城の隠し通路を教えてしまう前まではね…。」

苦笑して己の左胸を見た。
今、この身に走る痛みは…あの遠い日に消えていった仲間達の苦しみなのかもしれない。

「隠し通路は鴉の王族しか知らない緊急避難の為のものだ。今は、俺と魔王しか知らない。その通路の意味も分からず魔王に放り込まれている知能のない魔物はうろついているかもしれないがね。上級の知能ある魔物を相手にするよりは楽だろう?」

ユーチャがじっと見つめてきた。
暫くして短く答える。

「分かった、そこを通ろう。」
「入り口は城の西側。外堀の一角にある鴉のレリーフのうち、一つだけ翼に傷のある鴉がいる。そのレリーフを壊せば入り口が現れる。暗いから松明を用意しとけよ………すまない、ポッポちゃんを頼む。」

マニョが少し驚いた顔をする。

「ちょっと、あんたも一緒に来るんでしょ?何を言い出し……。」

ユーチャがマニョを自分の背に隠した。

「敵襲だ……!」

瞬間、カラシュが飛び立つ。
ユーチャが大剣を抜き、何か呟くと刃が煌めく。
そのまま振り抜くとカラシュを飛び越え、光の刃が空を走り抜けた。
けたたましい叫びと共に空から崩れ落ちる魔物達。
難を逃れ未だ空中にいた魔物達に、今度は黒い翼が迫り来る。
バサリと黒い翼が音を立てた瞬間、切り刻まれ落ちていく魔物。

「ユーチャ……コイツらは俺が引き受けてやる。さっき言った場所、分かったよな?入り口からは一本道だ。多少トラップがあるから気をつけて行けよ!」

暫く見上げていたユーチャがまた光の刃を放った。

「分かった…まかせる…。ポッポ、鳩になってペン・ギンに付いていろ。マニョ、サポート頼む。行くぞ!」

バタバタとその場から動き出した一行を視界の端に捕らえてカラシュはニヤリと笑った。

「最後だ……思いっきり暴れてやるさ……命尽きようともな……!!」

そう、最後だ。
そう思った瞬間、力強い声が背後から響いた。

「カラシュ!……耐えろよ!!…耐え抜け!私は必ず……魔王を倒す!!」

………。

「ああ、分かっている………!あんたを信じている!」

チラリと見たユーチャは珍しくニヤッと笑ってみせ、すぐに背を向け皆に追いついていった。
あんたなら出来るよ。必ず魔王を倒すさ………そう信じている。

「さてと、どいつもこいつも見た事ある醜い顔だな。俺の配下で蠢いていた下っ端ども……覚悟はいいな!?」

カラシュの黒い翼が猛々しく風を切った。



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
相手は大空を駆け巡る翼を持つ鳥人だ。
ユーチャがいくら人として並ならぬ身体能力を持っていようと、機動力では敵わない。
走れど走れどその姿など見当たらない。

「………カラシュ!!どこ行った!?」

少し苛立を覚え大声で呼んでみる。
普段のユーチャを知る人なら少しばかり驚く光景だ。
いつもの彼は苛立など表に出さず爽やかな笑顔を崩さないのだから…。
一旦立ち止まって辺りの様子を窺うが、黒い翼は見当たらない。
どこまで行ったんだ!?
まさかこのまま仲間から外れるつもりか!?
…………………

「だー!!めんどうくせぇ!!!!」

ゴスッ!!っと近くの大木の幹を足裏で蹴り入れる。
ちょっとの衝撃ではビクともしなそうな大木が震える様な揺れを起こした。

ガサガサ……ドスン

舞落ちる木の葉や木の実と共に、黒い物が落ちてきた。

「「‥‥‥‥‥‥‥‥」」

それがムクッと起き上がり、バサリと羽を動かそうとして、ガシッと肩を掴まれる。

「カ〜ラ〜シュ〜?」

尋常ならざる気配を感じ、カラシュは逆毛立つと同時に観念した。
逃げる気力を失ったと読み取り、ユーチャが手を離し溜め息を吐いた。
すぐに普段の彼が戻ってくる。

「何があったか知らない。でも、こういう事されると心配になるから……。」

いつもの落ち着いた声が優しく響く。
カラシュの瞳からまた溢れ出てくるものがあった。

「取り敢えず、そこに座れ。」

素直に従うカラシュの横にユーチャも腰掛けた。
話をするのはもう少し待とうと思った。
涙を止めようと必死になりながらもしゃくり上げるカラシュの様子を見る。
まあ、これだけ子供の様に泣いてしまっていては、男として皆の前から逃げ出すのも無理はない。
ポッポ達に見られたくはなかったのだろう。
翼がある分、普通の人より逃げ出す距離が遠かっただけか…。
暇つぶしにあれこれと頭の中で状況考察をし、手で先程の蹴りで落ちて来たらしい木の実を摘む。
3cmほどの固い木の実を掌で転がす。

「それ、食べれる。」

まだ少し鼻にかかった声でポツリとカラシュが言った。
掌の木の実を見つめてから「へ〜」と感心したような声を出す。

「固そうだけど、美味しいの?」
「殻を砕いて、中の部分を食べる……そのままでも美味いけど、煎って食べるともっと美味い。」
「じゃあ、集めてお土産にしようかな。さっきペン・ギンが草を貪っていたしなぁ……。」

別にひもじい旅などという苦労はさせていないはずなのだが…なぜあの道化者は……まったく……。

「………ごめんなさい。」

手に届く範囲の実を拾っていると小さな呟きが聞こえた。
ユーチャは苦笑する。
この鴉は子供のように素直なときがあって驚く。
敵として対峙していた時があったなど幻だったのではないかと思ってしまう。
マニョに聞いたところによると、カラシュは自分より遥かに歳を重ねていた。
確かに鳥人としては若いはずだ。鳥人の寿命は人のそれとはかけ離れている。
だからと言っても、やはり人生経験の年月を重ねている事には変わりはない。
それなのにこの様子である。
うなだれる様にしながら、でも窺う様に目だけ向けてくるその表情は、明らかに怒られないか怯えている子供だ。

「まあ、悪いと感じているなら良しとしよう。今後は気をつけてくれ。」

少しカラシュの表情に明るさが戻る。

「言いたくないことは言わなくてもいい。でも言いたいのに言えないことは話せばいい。愚痴でもなんでも。」

逃走されるよりはましである。
ユーチャの言葉に暫くカラシュはモゾモゾと何やら翼を落ち着かないとでも言う様に微妙に動かす。
やがてボソボソと話しはじめた。

「ただちょっと…怖かった。ポッポちゃんと俺の間には呪がかけられている。ポッポちゃんには俺が白い翼の鳥人に見える。かつての恋人だと思っているんだ。」
「シルバ?」

カラシュがコクンと頷く。

「そう。間接的に俺が殺した……そんな俺をポッポちゃんはシルバだと思い込んでいる。」
「呪が解けたときが怖いのか?」
「いや、違う。」

カラシュは左右に首を振り、苦笑した。

「シルバだと思い込んでいるポッポちゃんを残して……俺は死ぬ。」

ユーチャが顔を顰めた。

「俺はまた、ポッポちゃんに恋人を失う悲しみを与えてしまうんだ。」

不意に、無邪気に、ポッポがキスをしてきた時。
電撃が駆け抜けるかの様に、その事に気がついてしまった。
どうして、今まで思いもしなかったのかというくらい、当たり前のことに…。

「死ななければいいじゃないか。」

そういうユーチャに苦笑を返す。

「契約がある。」

先刻聞いたような言葉……ペン・ギンの顔が浮かぶ。

「………魔王の刻印?」
「知っているのか?そう…死の契約の証が魔王の刻印。刻印の様に浮かぶ痣だ。魔王に逆らうとそれが徐々に命を吸い取る。」
「左胸にその痣が?」

カラシュが頷き、ユーチャが呻いた。
時々見かけた左胸を押さえる仕草はこれか……。

「俺、本当はあんた達に着いてくるべきじゃなかったのかもしれない…。あの時、ポッポちゃんから離れるべきだった。」
「それでも恋人を失う悲しみは同じだろう。」
「目の前で死なれるのとは違うだろう?」
「じゃあ、お前はこのまま、また魔王の元に戻って許しを請うか?死を免れる為に。」
「…………ユーチャ………」

カラシュは目を見開いた。
背筋に悪寒が走る。
いつも見るユーチャの様子との違いに、カラシュはゴクリと唾を飲み込んだ。
これは……怒り?心の奥底から沸き立たせるかのような怒りの気だ。
スッと立ち上がったユーチャを見上げ、カラシュは息を飲んだ。
やけにゆっくりとユーチャの手が大剣を引き抜いた。

「また元の鞘に戻るというなら止めはしない。ただし………」

そこまで言った瞬間、ユーチャが大剣を振る。
あまりの速さに何が起きたか分からない。
カラシュは少し上体を仰け反らせて足下を見た。

「容赦はしない。」

ユーチャとカラシュの間の地面に、事切れた魔物が転がっていた。
真っ二つに別れたその魔物はそこまで下級レベルの魔物ではない。
勇者の強さを目の当たりにする。

「俺は、敵に回った者の事情まで考慮してやれるほど、器の大きい出来た人間じゃない。」

改めて見上げた先で、ユーチャは流れる様に大剣を収めた。

「魔王を倒せば、その痣は消えるんじゃないのか?」
「……多分………契約は無効となる………。」

ユーチャが手を差し伸べる。

「だったら、お前の命が尽きる前に、倒そう魔王を。」

恐る恐る手を乗せた。
ガッと引かれて立たされた。

「まずは魔王を倒そう。そうしたら、今度は呪を解いて、カラシュとしてポッポに幸せを与えろよ。」

ユーチャが笑った。

「カラシュ、お前泣き虫だなぁ。」

本当に自分は泣き虫だ。
苦しくても悲しくても悔しくても………嬉しくても泣けるんだ。


また恋人を失う悲しみを与えてしまうのが辛い。

その言葉に嘘はない。
でも、本当は他にもあった泣きたい感情。


カラシュとして、ポッポちゃんに愛されたい。
あの白い鳩の瞳に、黒い鴉として映りたい。


そんな悔しさも、この勇者に導かれれば無くす事が出来るかもしれない。
その為の苦しさだと思えば、左胸の痛みなど耐え抜いてみせよう。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
微かに下方からの声が聞こえる。
ユーチャ達が何やら話をしているらしい。
加わるつもりもないカラシュは、大きな枝に腰を掛け、木の幹に背を任せながら目を閉じていた。
意識して静かな呼吸を繰り返す。

大丈夫だ。
まだ痛みは抑えられる。

念じる様に心の中で呟いていると、微かな風を頬に受けた。
木の枝に投げ出す様に伸ばしていた足に、僅かな重みが加わる。
まるで小鳥がとまったような……。
感じた香りはいつもの香り。
目を開けなくても分かる。
きっと赤い瞳がこちらの顔を覗き込んでいるだろう。
眠っているのかと確かめる様に。

このまま狸寝入りを続けるか。
それとも優しく微笑みながら目を開けてあげようか。

そんな一瞬の躊躇いの間に、それをフワリと唇の上に感じた。

目を見開いた。
思っていたよりも近くに、本当にすぐ近くに赤い瞳があった。
優しい光が見つめている。

「シルバ。」

そしてまたフワリと…唇が重なる。

咄嗟に押しのけた。
驚いた白い翼が揺れ、フッと空中に浮かぶ。

黒い翼は風を掴み損ね、重力に掴まれた。
バサバサという虚しい足掻きの音だけ残し、鈍い音で地面に衝突する。


「鳥も落ちるんだな。」
「やだ、寝ぼけたの?」

近くに落下してきたカラシュを眺め、ユーチャとマニョが珍しそうな表情をした。
が、すぐにギョッとして目を見開く。

カラシュの目から溢れ出る涙。
左胸を押さえ歯を食いしばった後、身を翻した。
今度は力強く風を掴み、黒い翼はあっという間に空を翔て行く。

「やだ…どうしたの?」

マニョが呟くが誰も答えなど出せない。
ユーチャが眉間に皺を寄せて考え込む。

「あいつ……また左胸を押さえていた……。」

時々カラシュがそんな行動をするのを、ユーチャは何度か目撃していた。
病気でもあるのだろうか?

「左胸には…もきゅもご……痣があるの……もご…クマ〜。」

のんきな声にユーチャが視線を送る。
ペン・ギンが何やらその辺の草花をもしゃもしゃと口にしながらモゴモゴ喋る。

「魔王の刻印……もぎゅ…クマ〜、契約の証クマよ〜…もぶ……痛いのクマ……ゴックン…この花は美味しくないクマね。」

………。
ユーチャは助けを求めるかの様にマニョに視線を送ったが、彼女は肩を竦めてみせた。
…………わからん………。

パタパタと上からポッポが降りて来た。
オロオロしながら頻りに「シルバ、シルバ」と口にする。
今にも泣きそうだ。
そんな彼女をマニョが慰めにかかるのを見てから、ユーチャは歩き出した。
それはカラシュが飛んで行った方角だ。

「……分からんが……貴重な戦力がやばいらしい……。」

ユーチャ的にはこのヘンテコパーティで、カラシュは確実に頼れる戦力No.1なのである。
戦えない白鳩鳥人。
あまり魔法成功率のよろしくない色ボケ魔女。
びっくりどっきり何が飛び出すか分からない道化師。
貴重だ。貴重なのである。
普通に戦える。まともに言葉が通じる。偵察も荷物運びも道案内も出来る。
多少の捻くれた性格など補って余りある貴重な人材だ。

失ってはマズい。
自分が少しでも楽をするには……!

ユーチャの足は自然と早足になった。


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