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報告もそこそこに自室を目指し足早に駆ける。
ついには駆けることすら面倒臭くなり、広い廊下であるのをいいことに翼をはためかせ軽く飛ぶ。
目指す部屋の前で降り立ち、懐から鍵を取り出した。
ガチャリと鍵を回し、戸を開けると同時に声を出す。
「ポッポ、ただいま。」
その声に愛らしい顔が振り向いてくれるはずだった。
しかしそれは見られず、部屋を眺めればベッドに期待していた彼女の姿を見つける。
ついうっかり眠り込んでいるのだろうか?
そう思い、そーっと覗き込んで息を飲んだ。
「ポッポ!?苦しいのか?ポッポ!?」
ぐったりとした様子に驚き、声をかけるが返事はない。
ほんの少しだけ薄く目を開き、赤い瞳がこちらを見た……が、またすぐに目蓋は閉じられた。
顔色が悪い……。
弱っている、それだけは嫌なくらいに理解出来た。
どうすれば治るんだろう?
俺は何をしてあげればいい?
そんな混乱する頭に声が響いた。
「もう限界が来たか?」
目を見開き振り返れば、戸口に佇む黒髪の男。
その圧倒的な存在感を負の気と共に纏い、ニヤリと笑ってみせた。
「魔王……あんた、何故ここに……。」
こんな部屋に用はないだろう?
今更ながらポッポを己の背と翼で隠す。
「チリチリと小さな正の気が目障りだ。俺もそろそろ我慢の限界だったが、それより先にそちらの方がくたばりそうだな。」
くたばる、その言葉を聞き、背筋に冷たいものが走る。
恐る恐る後ろに視線をやり、悲鳴をあげそうになった。
視界に小さな白い鳩が映る。
小さな小さな、ただの鳥……。
「体のコントロールも出来ないらしい。本当に限界だな。」
魔王が意地悪くクククと笑う。
鳥人は普段は人の形を為すが、鳥の姿にも変化することが出来る。
大抵は己の気をコントロールして姿を変える。
しかし弱り切ったりと気を乱した状態の場合は、意図しないところで変化を繰り返すことがある。
意識のない今、ポッポが変化したのはそれ以外の何ものでもない。
「ポッポ……。」
小さなその白い体を手で包み、引き寄せる。
どうすればいい?そうすれば助かる?
「なあ、魔王。あんた強大な力を持っているんだろう!?頼む、ポッポを助けてくれ!!」
殆ど鳴き声に近かった。
「頼む、なんでもするから!!なんでもするからー!」
縋る様に見つめた相手は、暫くじっと見下げてきたが、不意にその顔に呆れた様な表情を作り、不敵に笑った。
「なんでもするのは元からだろう?取引にならんな。」
魔王が自身の左胸をトントンと指で叩いてみせた。
カラシュの顔が歪む。
そうだ、自分はもとより死の契約に縛られた下僕なのだ。
「だいたい、賢い鴉が随分と取り乱しているようだが…その女を苦しめる負を生み出す源は俺だ。どうにかしろなど無理な話だな。」
不敵な笑顔はじっとカラシュを見つめる。
カラシュが若干魔王側によろめいた。
魔王が半歩ほどさがる。
「おっと、それを近づけるなよ。どうにも胸くそ悪い。まあ、俺に触れれば一気に消滅だがな。」
ビクリとしてカラシュが小さなポッポを腕で包み込み抱き寄せた。
「……親鳥か、お前は。」
フンと鼻で笑ってみせた魔王は腕を組み、やはり見下げてくる。
「…面白い情報をやろう。この世界で一番正の気が満ちている場所だ。負の気もすぐに浄化される、私の影響を撥ね除け続ける場所。いや、場所ではないな……人物……とも言いたくないが……」
カラシュの表情が変化する。
その言動の真意を見極めようと、カラシュは魔王の言動に集中した。
これだからコイツは面白い……魔王は内心でそう思いながら、次の言葉を発した。
「私の邪魔をする、あの勇者一行にあるもの。」
カラシュの目が細められた。
魔王の表情は実に面白そうだ。
「道化師ペン・ギン。」
カラシュの目が見開かれた。
バサリと翼が鳴る。
大きめな窓の戸が派手な音を立て開かれる。
淀んだ空に舞う漆黒の翼を、魔王は見送る様に眺めた。
「死の契約に逆らってみせるか?カラシュ。………何にしても楽しませて欲しいものだな。」
魔王はひどく退屈なのだ。
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ついには駆けることすら面倒臭くなり、広い廊下であるのをいいことに翼をはためかせ軽く飛ぶ。
目指す部屋の前で降り立ち、懐から鍵を取り出した。
ガチャリと鍵を回し、戸を開けると同時に声を出す。
「ポッポ、ただいま。」
その声に愛らしい顔が振り向いてくれるはずだった。
しかしそれは見られず、部屋を眺めればベッドに期待していた彼女の姿を見つける。
ついうっかり眠り込んでいるのだろうか?
そう思い、そーっと覗き込んで息を飲んだ。
「ポッポ!?苦しいのか?ポッポ!?」
ぐったりとした様子に驚き、声をかけるが返事はない。
ほんの少しだけ薄く目を開き、赤い瞳がこちらを見た……が、またすぐに目蓋は閉じられた。
顔色が悪い……。
弱っている、それだけは嫌なくらいに理解出来た。
どうすれば治るんだろう?
俺は何をしてあげればいい?
そんな混乱する頭に声が響いた。
「もう限界が来たか?」
目を見開き振り返れば、戸口に佇む黒髪の男。
その圧倒的な存在感を負の気と共に纏い、ニヤリと笑ってみせた。
「魔王……あんた、何故ここに……。」
こんな部屋に用はないだろう?
今更ながらポッポを己の背と翼で隠す。
「チリチリと小さな正の気が目障りだ。俺もそろそろ我慢の限界だったが、それより先にそちらの方がくたばりそうだな。」
くたばる、その言葉を聞き、背筋に冷たいものが走る。
恐る恐る後ろに視線をやり、悲鳴をあげそうになった。
視界に小さな白い鳩が映る。
小さな小さな、ただの鳥……。
「体のコントロールも出来ないらしい。本当に限界だな。」
魔王が意地悪くクククと笑う。
鳥人は普段は人の形を為すが、鳥の姿にも変化することが出来る。
大抵は己の気をコントロールして姿を変える。
しかし弱り切ったりと気を乱した状態の場合は、意図しないところで変化を繰り返すことがある。
意識のない今、ポッポが変化したのはそれ以外の何ものでもない。
「ポッポ……。」
小さなその白い体を手で包み、引き寄せる。
どうすればいい?そうすれば助かる?
「なあ、魔王。あんた強大な力を持っているんだろう!?頼む、ポッポを助けてくれ!!」
殆ど鳴き声に近かった。
「頼む、なんでもするから!!なんでもするからー!」
縋る様に見つめた相手は、暫くじっと見下げてきたが、不意にその顔に呆れた様な表情を作り、不敵に笑った。
「なんでもするのは元からだろう?取引にならんな。」
魔王が自身の左胸をトントンと指で叩いてみせた。
カラシュの顔が歪む。
そうだ、自分はもとより死の契約に縛られた下僕なのだ。
「だいたい、賢い鴉が随分と取り乱しているようだが…その女を苦しめる負を生み出す源は俺だ。どうにかしろなど無理な話だな。」
不敵な笑顔はじっとカラシュを見つめる。
カラシュが若干魔王側によろめいた。
魔王が半歩ほどさがる。
「おっと、それを近づけるなよ。どうにも胸くそ悪い。まあ、俺に触れれば一気に消滅だがな。」
ビクリとしてカラシュが小さなポッポを腕で包み込み抱き寄せた。
「……親鳥か、お前は。」
フンと鼻で笑ってみせた魔王は腕を組み、やはり見下げてくる。
「…面白い情報をやろう。この世界で一番正の気が満ちている場所だ。負の気もすぐに浄化される、私の影響を撥ね除け続ける場所。いや、場所ではないな……人物……とも言いたくないが……」
カラシュの表情が変化する。
その言動の真意を見極めようと、カラシュは魔王の言動に集中した。
これだからコイツは面白い……魔王は内心でそう思いながら、次の言葉を発した。
「私の邪魔をする、あの勇者一行にあるもの。」
カラシュの目が細められた。
魔王の表情は実に面白そうだ。
「道化師ペン・ギン。」
カラシュの目が見開かれた。
バサリと翼が鳴る。
大きめな窓の戸が派手な音を立て開かれる。
淀んだ空に舞う漆黒の翼を、魔王は見送る様に眺めた。
「死の契約に逆らってみせるか?カラシュ。………何にしても楽しませて欲しいものだな。」
魔王はひどく退屈なのだ。
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ゆっくりと目が開いた。
真っ赤な瞳がじっと天井を見つめ、数回パチパチと瞬きをする。
カラシュは相変わらずじっとその様子を見つめていた。
まるで何か金縛りの暗示でもかけられた様に体が動かない。
そんなカラシュとは対照的にポッポはもぞもぞと動き上体を起こした。
白い可愛らしい羽を数回はためかせる。
まるで何処なのだろうと確認するように、首をひねりひねり部屋を見渡した。
部屋の隅の黒い瞳と、赤い瞳の視線がぶつかった。
動かせなかった体が衝撃を受けたかの様にビクッと震えた。
そんな様子をポッポがじっと見つめる。
そして、フワリと笑顔がこぼれた。
カラシュの目が見開かれる。
何故微笑む?
彼女の反応の理解に苦しむ。
以前はあんなに怯えた瞳を向けてきたのに……。
答えを見いだせない戸惑いの視線が彼女を見つめる。
その先で、より一層優しい笑みを浮かべ、柔らかな弾む声が紡がれた。
「シルバ、生きてた。シルバ!」
嬉しそうに言って身を乗り出したポッポがバランスを崩しベッドから落ちそうになる。
先程までの硬直が嘘の様に、地を蹴ったカラシュが一羽ばたきであっという間に彼女を支えた。
しっかりと縋り付きながら、ポッポが笑顔を向けてくる。
信じられないものを見る様な驚きと苦しみが混じった表情で見つめ返す。
「シルバ!シルバ!」
迷いのない声でカラシュを呼ぶ。
思い出された、白い羽の男。
彼女にはこの黒い羽が真っ白に見えるというのか!?
バサリッ、翼を高々と広げ上げる。
「あの野郎……これが………。」
これが魔法の正体。
「私はずっと一緒にいるよ」と、そう言ったあの男の放った最後の魔法。
急激に苛立ちがわいてくる。
グッと歯を噛み締め、もういない男への怒りを露にして空を睨む。
不安げな瞳が見上げてきた。
「シルバ?シルバ、痛い?どこか痛い?苦しい?」
視線をまた下げる。
赤い瞳が少し潤んでいる様に見えた。
違う!俺は、あんな白い男じゃない!!
そう怒鳴ろうとしたが声は出なかった。
「シルバ、シルバ!」と必死に縋る様子に声が出なかった。
きっとこれも魔法だ。
彼女には俺が白く見えて…
俺には彼女が…
きっとこれは魔法なんだろう?
優しく愛おしそうに白い髪を撫でた。
ぎこちない笑みが口元に浮かぶ。
「何も心配いらないよ……ポッポ……俺はここにいるから……」
また彼女に笑みが戻る。
これはきっと魔法なんだ。
彼女の笑みが、こんなに…愛おしい……
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真っ赤な瞳がじっと天井を見つめ、数回パチパチと瞬きをする。
カラシュは相変わらずじっとその様子を見つめていた。
まるで何か金縛りの暗示でもかけられた様に体が動かない。
そんなカラシュとは対照的にポッポはもぞもぞと動き上体を起こした。
白い可愛らしい羽を数回はためかせる。
まるで何処なのだろうと確認するように、首をひねりひねり部屋を見渡した。
部屋の隅の黒い瞳と、赤い瞳の視線がぶつかった。
動かせなかった体が衝撃を受けたかの様にビクッと震えた。
そんな様子をポッポがじっと見つめる。
そして、フワリと笑顔がこぼれた。
カラシュの目が見開かれる。
何故微笑む?
彼女の反応の理解に苦しむ。
以前はあんなに怯えた瞳を向けてきたのに……。
答えを見いだせない戸惑いの視線が彼女を見つめる。
その先で、より一層優しい笑みを浮かべ、柔らかな弾む声が紡がれた。
「シルバ、生きてた。シルバ!」
嬉しそうに言って身を乗り出したポッポがバランスを崩しベッドから落ちそうになる。
先程までの硬直が嘘の様に、地を蹴ったカラシュが一羽ばたきであっという間に彼女を支えた。
しっかりと縋り付きながら、ポッポが笑顔を向けてくる。
信じられないものを見る様な驚きと苦しみが混じった表情で見つめ返す。
「シルバ!シルバ!」
迷いのない声でカラシュを呼ぶ。
思い出された、白い羽の男。
彼女にはこの黒い羽が真っ白に見えるというのか!?
バサリッ、翼を高々と広げ上げる。
「あの野郎……これが………。」
これが魔法の正体。
「私はずっと一緒にいるよ」と、そう言ったあの男の放った最後の魔法。
急激に苛立ちがわいてくる。
グッと歯を噛み締め、もういない男への怒りを露にして空を睨む。
不安げな瞳が見上げてきた。
「シルバ?シルバ、痛い?どこか痛い?苦しい?」
視線をまた下げる。
赤い瞳が少し潤んでいる様に見えた。
違う!俺は、あんな白い男じゃない!!
そう怒鳴ろうとしたが声は出なかった。
「シルバ、シルバ!」と必死に縋る様子に声が出なかった。
きっとこれも魔法だ。
彼女には俺が白く見えて…
俺には彼女が…
きっとこれは魔法なんだろう?
優しく愛おしそうに白い髪を撫でた。
ぎこちない笑みが口元に浮かぶ。
「何も心配いらないよ……ポッポ……俺はここにいるから……」
また彼女に笑みが戻る。
これはきっと魔法なんだ。
彼女の笑みが、こんなに…愛おしい……
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あれから数日……
女は意識が戻らない。
自分のベッドの上で静かに眠る女の様子を、部屋の隅に置いた椅子からじっと眺めていた。
我ながらよく飽きないものだと思いながらも、ただ見つめ続ける。
魔王から新たな命令があれば動くつもりではあるが、ここ数日は何事もなく過ぎていた。
あの日、城に戻り、女を自室に運んだ後に魔王の元に報告に行った。
「森はお望みどおり負に染めて来た。」
「……そうか。」
気のない返事を返してくる魔王を観察する様に眺める。
人々が思い描くほど、魔王は禍々しい容姿をしていない。
むしろ人の間にあれば、目を奪われる美しい容姿だと思う。
しかし気を許せば、全てを喰らい尽くす様に牙を剥く魔物の中の王だということを、カラシュは十分承知している。
無意識に自身の左胸を手で押さえた。
そこにはこの魔王の恐ろしい牙を記憶した『死の契約』が刻まれている。
この胸より呪われた文様が消えない限り、カラシュは魔王の下僕としてしか生きる術はない。
契約主である魔王に逆らえば、この呪がカラシュの体を蝕み喰い尽くしていくのだ。
「逆らいたくでもなったか?」
黙って佇むカラシュの様子を見て、魔王が冷笑とともに問いかけた。
いや、と答えてからカラシュは話題を変える様に魔王に訊ねる。
「あの森で……鳥人を見かけた……。」
魔王は少しの間を置いて答える。
「鳩だな。…あの森は平和の象徴と言われていた。白い鳩が羽ばたく平和な森だと。」
「だから目障りだった。」
残忍な笑みが魔王の顔に浮かんでいた。
魔王は知っていたのだ。
あの森には、種は違えどカラシュと同じ鳥人が住むのだと。
そしてわざわざ他の部下にではなくカラシュに命令を下した。
悪趣味な……
もしかしたら、ここにその『鳩』を連れ帰って来ていることに気がついているのかもしれない。
いや、気がついているだろう。
『負』の頂点に立つ者は、『正』の気に敏感に違いない。
魔物側に組してさほど時を経ていないカラシュにでさえ、この『鳩』の『正』の気を感じ取ることが出来る。
そして、この場の『負』の気がその『正』の気を包み苦しめていることも…。
「このまま、ここに寝かしていても回復はしないかもしれない……。」
ポツリと頭に浮かんだ考えを呟いてみる。
魔物の拠点など、悪影響以外何もないだろう。
けれど他に何処に連れて行けというのか?
このまま……
この静かな眠りの姿のまま、息をしなくなってしまうかもしれない……
ゾクリッと背筋に冷たい感覚が走り抜ける。
その時……
白い体が僅かに動いた。
カラシュは知らず、息を飲んでそれを見つめた。
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女は意識が戻らない。
自分のベッドの上で静かに眠る女の様子を、部屋の隅に置いた椅子からじっと眺めていた。
我ながらよく飽きないものだと思いながらも、ただ見つめ続ける。
魔王から新たな命令があれば動くつもりではあるが、ここ数日は何事もなく過ぎていた。
あの日、城に戻り、女を自室に運んだ後に魔王の元に報告に行った。
「森はお望みどおり負に染めて来た。」
「……そうか。」
気のない返事を返してくる魔王を観察する様に眺める。
人々が思い描くほど、魔王は禍々しい容姿をしていない。
むしろ人の間にあれば、目を奪われる美しい容姿だと思う。
しかし気を許せば、全てを喰らい尽くす様に牙を剥く魔物の中の王だということを、カラシュは十分承知している。
無意識に自身の左胸を手で押さえた。
そこにはこの魔王の恐ろしい牙を記憶した『死の契約』が刻まれている。
この胸より呪われた文様が消えない限り、カラシュは魔王の下僕としてしか生きる術はない。
契約主である魔王に逆らえば、この呪がカラシュの体を蝕み喰い尽くしていくのだ。
「逆らいたくでもなったか?」
黙って佇むカラシュの様子を見て、魔王が冷笑とともに問いかけた。
いや、と答えてからカラシュは話題を変える様に魔王に訊ねる。
「あの森で……鳥人を見かけた……。」
魔王は少しの間を置いて答える。
「鳩だな。…あの森は平和の象徴と言われていた。白い鳩が羽ばたく平和な森だと。」
「だから目障りだった。」
残忍な笑みが魔王の顔に浮かんでいた。
魔王は知っていたのだ。
あの森には、種は違えどカラシュと同じ鳥人が住むのだと。
そしてわざわざ他の部下にではなくカラシュに命令を下した。
悪趣味な……
もしかしたら、ここにその『鳩』を連れ帰って来ていることに気がついているのかもしれない。
いや、気がついているだろう。
『負』の頂点に立つ者は、『正』の気に敏感に違いない。
魔物側に組してさほど時を経ていないカラシュにでさえ、この『鳩』の『正』の気を感じ取ることが出来る。
そして、この場の『負』の気がその『正』の気を包み苦しめていることも…。
「このまま、ここに寝かしていても回復はしないかもしれない……。」
ポツリと頭に浮かんだ考えを呟いてみる。
魔物の拠点など、悪影響以外何もないだろう。
けれど他に何処に連れて行けというのか?
このまま……
この静かな眠りの姿のまま、息をしなくなってしまうかもしれない……
ゾクリッと背筋に冷たい感覚が走り抜ける。
その時……
白い体が僅かに動いた。
カラシュは知らず、息を飲んでそれを見つめた。
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白衣の二人。
立っていることすら、もう辛いのだろう。
白い翼を苦しげに揺らし、男の鳥人が地に膝を着けながらも必死に体勢を維持しようと足掻いている。
その傍らには女の鳥人。
顔色悪く、それでも必死に傍らの男に声をかけていた。
「シルバ、シルバ、しっかり、シルバ。」
答える様に、男の翼が数回だけ少し大きめに羽ばたかれる。
そのとき、まるでその弱った羽ばたきを嘲笑うかのように、上空から力強く風を切る羽音が響いた。
バサリ と、漆黒の翼が舞い降りる。
「何をしている?」
着地と同時に響いた問いかけは、この場のこの状況には不釣り合いな問いかけだった。
自分で問いかけておいて妙に可笑しく思えた黒き翼の主・カラシュは口元を歪めながら二人を見遣る。
見れば分かる、負の気に包まれ苦しんでいるのだ。
スタスタと地を歩き、二人の目の前まで近づく。
赤い瞳が4つ向けられる。
一対はしっかりとカラシュを捉えている。
もう一対は………見ているのだろう。だがその焦点は定まらない。
「視力を失ったか…?」
そう言って身を屈め、男の鳥人の眼前にぐっと自分の顔を近づけた。
しかしその瞳は、ただ虚しく開かれているだけの様子だ。
顔を背け横に視線を変える。
今度はしっかりとこちらを見る瞳にぶつかる。
顔色が悪いね…。
そして明らかに怯えた様子。
「他の種を見るのは初めてかい?」
口元に歪めた笑いを作りながら問いかければ、ただ震えて助けを求める様に傍らの男に寄り添うのみだ。
じっと眺めたが、いっこうに他の反応をしめさない様子に気分がしらけていくのを感じた。
同じ鳥人を見つけた好奇心で降り立ってみたが……もうどうでもいい。
「せいぜい足掻きな。」
そう告げて身を翻そうとしたとき、グッと翼の先を掴まれた。
その行為にむっとしてもう一度振り返れば、探る様に手を伸ばす男の様子。
「……鳥人…なのか!?」
「ああ、そうだが。」
面倒臭そうに答えてやれば、男の手はまたカラシュの翼に行き当たり、確認するかの様に触れてくる。
バサリと翼を動かし、羽先で男の手を払うかの様に叩く。
「…鳥人なら………お願いだ、ポッポを……この娘を安全なところに!」
スッと目を細めて見る。
どうやら本当に面倒臭い状況になりそうだ。
「頼むのはこの女だけでいいのかい?…あんたはどうする。」
男の顔が歪んだ。
「この娘だけでいい………私は、もう無理だ……。」
「フン!確かにな。」
「頼む、この娘はまだ助かる……お願いだ……。」
「見たところ、お前達はつがいの様だが……同じ鳥人ってだけで俺に大事な女を託すのか?」
「………つがいに……なる予定だった……約束していた……だが、もう……。」
カラシュは首を捻る。
これは本当に面倒臭い状況になってきたのではないだろうか?
男の傍らで怯える女を見た。
震える彼女の髪を優しく男が触れた。
「ポッポ、あの人に森の外へ連れて行ってもらえるよ…。」
「いや、いや!ポッポはシルバと一緒!ずっと一緒にいるの!」
……本当に面倒臭い状況だ。
「健気なことじゃないか。最後の時までご一緒してやればどうだい?」
カラシュのそっけない言葉に男の顔が歪む。
ぐっと手を握りしめる。
そして……
「ああ、ポッポ………私はずっと一緒にいるよ………!」
男の手が一瞬だけ光を帯びたかと思うと女の体に触れた。
女の意識がフッと途切れてその場に倒れ込む。
何事かとそちらに気を取られた隙に、今度はカラシュにその手が伸びる。
寸でで避け損ねたカラシュの翼に男の手が触れ一瞬だけ輝いた。
カラシュの顔に殺気が走る。
「貴様!!何か魔法を!!」
投げつけた怒鳴り声を受け止める相手は既に地に伏せ………事切れていた……。
最後の、本当に最後の力を振り絞った魔法の発動。
「くそぉ!!」
何をされたのか分からない……恐らく、気を失った女と対の魔法。
解除するにもこの女が必要になるかもしれない。
油断した!
死に損ないの弱々しい奴だと油断した!!
歯ぎしりをしそうなほどに苦々しく噛み締め、カラシュは地に伏せる女を抱き上げた。
フワリと軽く腕の中に収まる女を見遣り、舌打ちをする。
面倒なことになった……実に面倒だ……
そう思いながら、カラシュは力強く上空へ舞い上がった。
存外優しく女を抱いて…
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
立っていることすら、もう辛いのだろう。
白い翼を苦しげに揺らし、男の鳥人が地に膝を着けながらも必死に体勢を維持しようと足掻いている。
その傍らには女の鳥人。
顔色悪く、それでも必死に傍らの男に声をかけていた。
「シルバ、シルバ、しっかり、シルバ。」
答える様に、男の翼が数回だけ少し大きめに羽ばたかれる。
そのとき、まるでその弱った羽ばたきを嘲笑うかのように、上空から力強く風を切る羽音が響いた。
バサリ と、漆黒の翼が舞い降りる。
「何をしている?」
着地と同時に響いた問いかけは、この場のこの状況には不釣り合いな問いかけだった。
自分で問いかけておいて妙に可笑しく思えた黒き翼の主・カラシュは口元を歪めながら二人を見遣る。
見れば分かる、負の気に包まれ苦しんでいるのだ。
スタスタと地を歩き、二人の目の前まで近づく。
赤い瞳が4つ向けられる。
一対はしっかりとカラシュを捉えている。
もう一対は………見ているのだろう。だがその焦点は定まらない。
「視力を失ったか…?」
そう言って身を屈め、男の鳥人の眼前にぐっと自分の顔を近づけた。
しかしその瞳は、ただ虚しく開かれているだけの様子だ。
顔を背け横に視線を変える。
今度はしっかりとこちらを見る瞳にぶつかる。
顔色が悪いね…。
そして明らかに怯えた様子。
「他の種を見るのは初めてかい?」
口元に歪めた笑いを作りながら問いかければ、ただ震えて助けを求める様に傍らの男に寄り添うのみだ。
じっと眺めたが、いっこうに他の反応をしめさない様子に気分がしらけていくのを感じた。
同じ鳥人を見つけた好奇心で降り立ってみたが……もうどうでもいい。
「せいぜい足掻きな。」
そう告げて身を翻そうとしたとき、グッと翼の先を掴まれた。
その行為にむっとしてもう一度振り返れば、探る様に手を伸ばす男の様子。
「……鳥人…なのか!?」
「ああ、そうだが。」
面倒臭そうに答えてやれば、男の手はまたカラシュの翼に行き当たり、確認するかの様に触れてくる。
バサリと翼を動かし、羽先で男の手を払うかの様に叩く。
「…鳥人なら………お願いだ、ポッポを……この娘を安全なところに!」
スッと目を細めて見る。
どうやら本当に面倒臭い状況になりそうだ。
「頼むのはこの女だけでいいのかい?…あんたはどうする。」
男の顔が歪んだ。
「この娘だけでいい………私は、もう無理だ……。」
「フン!確かにな。」
「頼む、この娘はまだ助かる……お願いだ……。」
「見たところ、お前達はつがいの様だが……同じ鳥人ってだけで俺に大事な女を託すのか?」
「………つがいに……なる予定だった……約束していた……だが、もう……。」
カラシュは首を捻る。
これは本当に面倒臭い状況になってきたのではないだろうか?
男の傍らで怯える女を見た。
震える彼女の髪を優しく男が触れた。
「ポッポ、あの人に森の外へ連れて行ってもらえるよ…。」
「いや、いや!ポッポはシルバと一緒!ずっと一緒にいるの!」
……本当に面倒臭い状況だ。
「健気なことじゃないか。最後の時までご一緒してやればどうだい?」
カラシュのそっけない言葉に男の顔が歪む。
ぐっと手を握りしめる。
そして……
「ああ、ポッポ………私はずっと一緒にいるよ………!」
男の手が一瞬だけ光を帯びたかと思うと女の体に触れた。
女の意識がフッと途切れてその場に倒れ込む。
何事かとそちらに気を取られた隙に、今度はカラシュにその手が伸びる。
寸でで避け損ねたカラシュの翼に男の手が触れ一瞬だけ輝いた。
カラシュの顔に殺気が走る。
「貴様!!何か魔法を!!」
投げつけた怒鳴り声を受け止める相手は既に地に伏せ………事切れていた……。
最後の、本当に最後の力を振り絞った魔法の発動。
「くそぉ!!」
何をされたのか分からない……恐らく、気を失った女と対の魔法。
解除するにもこの女が必要になるかもしれない。
油断した!
死に損ないの弱々しい奴だと油断した!!
歯ぎしりをしそうなほどに苦々しく噛み締め、カラシュは地に伏せる女を抱き上げた。
フワリと軽く腕の中に収まる女を見遣り、舌打ちをする。
面倒なことになった……実に面倒だ……
そう思いながら、カラシュは力強く上空へ舞い上がった。
存外優しく女を抱いて…
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
羽ばたく度に、黒の色が増しているのではないか。
そんな錯覚にすら陥る気がした。
一つ羽ばたく、一つ罪が生まれる
一つ羽ばたく、一つ罪が重なる
そうしていつか真っ黒な色は、この体内から溢れ出て
全てを闇に包むのだろう
フワリと舞い降り、大きな木の一枝に腰をかけた。
カラシュは真っ黒い翼を一旦畳むと、幼い子のように足を交互にブラブラと揺らしつつ眼下を見下ろす。
もう見渡せる範囲内には、鮮やかな緑は消え失せていた。
輝く生気を失った森は、どす黒い色と灰味を帯びた枯れ色しか見当たらない。
自分が一時の休息を得ているこの大きな木さえ、少し重みと力を加えてしまえば簡単に朽ち果ててしまうのだろう。
不思議と軽い鳥人特有の体重でさえ、もう支えるのが精一杯だとばかりに不安げに揺れている。
「そうしてまた醜い黒鴉は、綺麗な森を自分と同じ色に染め上げましたとさ。」
おとぎ話めいた言葉を紡ぎ、クククと喉の奥で笑いを漏らす。
呆気ないものだ。
そう、自分が住んでいた森も魔王の前に呆気なく朽ち果てた。
今度は自分が魔王より得た力で一つの森を朽ち果てさせる。
「呆気ないね、本当に!」
言うと同時にバサリと音がする。
大人しく畳んでいた翼が天に向かって広がった。
風を掴んで一羽ばたき。
その途端、枝が悲鳴を上げ無惨に落ちていく。
既に支えるものを翼と風とに乗り換えていたカラシュは、ゆっくりそれを見遣る。
「?」
その視界に、何か動くものが捉えられた。
落下する枝ではない何か。
人間のそれより遥かに性能の良い鋭い目が、そのものを捉えようと若干細められた。
「人……?」
捉えたものを自分で確認する様に呟く。
そうか、哀れな人間がたまたまこの森にいらっしゃったのか。
森を枯らす大きな負の気の中で、直にくたばっちまうだろうさ。
どうでもいいことだと判断し、飛び去ろうと変えた視線の端で何か違和感を覚える。
あの人の背で白くはためく物体はなんだ………!?
慌てて視線を戻す。
見開いた目がそのものを再度捉えた。
白い衣の人が二人
その背にはためく白い……翼……!
「鳥人か…!!」
驚きの声がカラシュの口より漏れ出た。
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そんな錯覚にすら陥る気がした。
一つ羽ばたく、一つ罪が生まれる
一つ羽ばたく、一つ罪が重なる
そうしていつか真っ黒な色は、この体内から溢れ出て
全てを闇に包むのだろう
フワリと舞い降り、大きな木の一枝に腰をかけた。
カラシュは真っ黒い翼を一旦畳むと、幼い子のように足を交互にブラブラと揺らしつつ眼下を見下ろす。
もう見渡せる範囲内には、鮮やかな緑は消え失せていた。
輝く生気を失った森は、どす黒い色と灰味を帯びた枯れ色しか見当たらない。
自分が一時の休息を得ているこの大きな木さえ、少し重みと力を加えてしまえば簡単に朽ち果ててしまうのだろう。
不思議と軽い鳥人特有の体重でさえ、もう支えるのが精一杯だとばかりに不安げに揺れている。
「そうしてまた醜い黒鴉は、綺麗な森を自分と同じ色に染め上げましたとさ。」
おとぎ話めいた言葉を紡ぎ、クククと喉の奥で笑いを漏らす。
呆気ないものだ。
そう、自分が住んでいた森も魔王の前に呆気なく朽ち果てた。
今度は自分が魔王より得た力で一つの森を朽ち果てさせる。
「呆気ないね、本当に!」
言うと同時にバサリと音がする。
大人しく畳んでいた翼が天に向かって広がった。
風を掴んで一羽ばたき。
その途端、枝が悲鳴を上げ無惨に落ちていく。
既に支えるものを翼と風とに乗り換えていたカラシュは、ゆっくりそれを見遣る。
「?」
その視界に、何か動くものが捉えられた。
落下する枝ではない何か。
人間のそれより遥かに性能の良い鋭い目が、そのものを捉えようと若干細められた。
「人……?」
捉えたものを自分で確認する様に呟く。
そうか、哀れな人間がたまたまこの森にいらっしゃったのか。
森を枯らす大きな負の気の中で、直にくたばっちまうだろうさ。
どうでもいいことだと判断し、飛び去ろうと変えた視線の端で何か違和感を覚える。
あの人の背で白くはためく物体はなんだ………!?
慌てて視線を戻す。
見開いた目がそのものを再度捉えた。
白い衣の人が二人
その背にはためく白い……翼……!
「鳥人か…!!」
驚きの声がカラシュの口より漏れ出た。
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